TEIKAジャーナル

第125回「ムダをしたくないという君に」(2014.10)

2014/10/05

 

  最近、君から、ときどき、「ムダをしたくない」とか、「これって時間のムダですね」などという言葉を聞くことがあるね。

  「先生、こんなことをやって何の役に立つんですか。」、「あー、また失敗。今までの苦労がみんなムダになった。」、「もっと、いい時間の使い方があるのに、なんかムダをしてるみたい。」

  そんなとき、私の頭の中には、「すぐに役立つものは、すぐに役立たなくなる」という小泉信三先生注)の言葉が浮かんでいるんだよ。

  書道は、まず先生のお手本を写す、いわゆる「写し」から始まる。そのうちに、慣れてくると「暗書」と呼ぶ、手本を見ずに空で書くようになる。つまり、真似ることが学ぶことに繋がっているんだ。そして、お手本を見て、何度も何度も書くうちに個性が生まれてくる。個性は初めから存在しないんだ。初めにあるのは「我」なんだけれど、「我」を「個性」と勘違いしている人もいるようだ。君がいつか好きだと言っていたビジュアルバンドのメンバーだって、際限なく「真似る」ことを繰り返してきたから、今があると思うね。それは科学の世界も同じこと。一見ムダと思われること(真似ること)を、際限なく繰り返すことで、初めて「研究」と呼ばれる探究活動に踏み出せるんだ。

  君は、すぐにでも結果を出したいと思っているようだが、何もせずに身の周りのことや人を区別していてるようでは駄目だね。まして、君が研究者や教育者を目指しているのなら、そんなことをしてはいけないと思うね。そう考えると、一番のムダは何もしないことになる。そう、ちょうど今の君のような状態だね。

  時間は全ての人に平等にある。だからこそ、少し面倒かもしれないけれど、地道に繰り返すことを大切にしたい。私たち大学教員が、調査や実験結果をまとめて学術論文が書けるのは、一見ムダと思われる大切な行為を日々黙々と行い、研究者としての目を研ぎ澄ましているからなんだ。

 

注)小泉信三(1888~1966)

  1888年旧紀州藩士の第三子として東京市芝区に生まれる。1910年慶應義塾大学部政治科を卒業後、ヨーロッパに留学。帰国後慶應義塾大学教授として経済学を講義する。1933年慶應義塾大学塾長に就任、翌年経済学博士の学位を授与される。1949年皇太子殿下(今の今上天皇)の教育掛(東宮御教育常時参与)に就任する。1959年、文化勲章を受章する。

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