TEIKAジャーナル

第147回「人それぞれの生きる道」(2015.10)

2015/10/06

  本学に着任する前の教え子が、今でも時折連絡してきます。今、20代半ばの和真くんもそのひとりです。教職課程の講義で週に何度か顔を合わせていた彼は、1年の後半から次第に大学で姿を見なくなりました。2年に進級する前の春、「相談したいことがある」とメールが届いて話を聞いたときには、すでに退学を決めた後でした。アルバイトをしながら好きなウィンタースポーツに時間をかけたいと語り、なんの心残りも感じさせずに大学を辞めていきました。

 

  やりたいことがあって、やらせてもらえる環境があるのなら、とことん挑戦してみなさいよ、というのがわたしのスタンスです。やりたいことがあっても、さまざまな事情でその道には進めないということは、社会に出てしまえばしょっちゅうあることです。大学という、ある意味守られた場を出てしまえば、自分の食いぶちくらい、何とか稼いでいかなければなりません。夢を語り、多少食べなくたってやりたいことをがむしゃらに追求できるのは、20代のほんの一時期だとわたしは思っています。

 

  和真くんが、勉強嫌いで退学したわけではないのは、知っていました。在学中、何度もわたしに追い返されながら研究室に居座り、教育について、教職について話し込む彼の顔は輝いていました。家庭の事情で、学費も生活費も、自分でやりくりせざるを得ないことも聞いていました。このまま大学を卒業し、職に就けば、生活は安定するよ、ということは伝えました。でも、彼は、稼いだ金と自分の時間の使い道を自分で決めると決断したのです。

 

  和真くんが退学してから数年が経ちました。先日、「近況報告をしたい」と連絡してきた彼と久しぶりに会って、話を聞きました。「考えてもなかったことだけど」と彼は言いました。アルバイトを続けていた飲食店では、勤務態度をマネージャーに評価され、派遣社員として契約を更新する話をもらったとのこと。冬期に、住み込みで働きながら打ち込んできたウィンタースポーツは、プロで活躍する選手と知り合い、海外のゲレンデでも練習し、インストラクターとして雇用してもらうことになったそうです。

 

  そして、何より驚いたのが、「一生、この道を行くつもりはないんですよね」と和真くんが話し始めた今後の相談でした。教師になりたい。これから教員免許を取る方法はないだろうか。思いも寄らぬ話の展開に、一瞬言葉を失ったわたしに、彼は笑って言いました。「大学を辞めたとき、いつか、戻ってくる気がしてたんです。」

 

  人生のほんの一時期、かかわった人びとが、自分なりの人生を確かに歩んでいく姿を見るとき、これだから教育はおもしろい、と心から思います。

 

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