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第75回「大学での学び」(2012.9)

教授 小池 守

教授 小池 守

  前期の授業が終わる頃、2年生が、「この大学に入って本当に良かったです。」と真剣な顔で話しかけてきた。話の内容はこうだ。

  児童教育学科の目玉の一つである「動物介在教育」の授業を受講したところ、畜産学を専門とする先生の動物に対する思いの深さに感動したこと。大学の学びというのは、こうした専門性の高い学問に接して初めて生まれることに気づいたとのことであった。

  他に感動する教科がなかったという訳ではないだろうが、とにかく、いたく感動し、思いの丈を雄弁に語ってくれた。学生との会話の中で、「先生の専門」とか「本物」という言葉が、何度も繰り返し登場してきた。確かに、大学の授業とは、教員が自分の研究内容を基に、その分野について語るものである。例え教科教育法の授業であっても、小中学校で行われている授業をただ単に再現するものであってはならない。私の担当する初等理科実験法で言えば、小中学校で行う理科実験をそのまま体験するのではない。物理や化学、生物、地学などの基礎実験を通して、児童生徒にとって必要な観察実験はどのようなもので、どのような意味を持つのかについて学ぶものである。

  ところが、(他の大学では)ほとんどの授業を指導案作りに当てたり、保育園や幼稚園・小学校で扱う教材と同じものを製作することが実践的で役立つと考える授業があると聞く。確かに、即戦力を養うことを目的とする専門学校ならば良いだろうが、4年制大学では学問をベースとしない教育など存在しないはずである。先ほどの学生の発言は、そうした安易で軽率な大学教育への批判も含んでいるのかも知れない。

  いや、私が、「すぐに役に立つものは、すぐに役立たなくなります。表面的な言葉や形態に囚われず、ものごとの本質を見極めることが大学での学びです。」などと、ことある度に語ってきたことに共感し、話しかけてきたのかも知れない。本来、大学とは、学生も教員も研究を通して専門性を磨き高めていく場なのである。



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