スマートフォン版はこちらをクリックしてください


第76回「短い短い詩-漢字を学ぶということ-」(2012.9)

教授 梅澤 実

教授 梅澤 実

  手元に、今から30年以上前の学級通信がある。

  私が、6年生を担任していたときに出していた学級通信である。そこに、「短い短い詩--国語の授業より」と題した文章がある。卒業間際の国語の授業報告である。それは、以下の文章で始まっている。

  小学校最後の国語の授業の中の一時間。短い詩を書いた。3月8日の授業でである。

  漢字一字を思い浮かべ、その一字の漢字に対するイメージを短い文にするのである。
  しかし、条件が有る。6年間で学習した修辞法を使い、思いっきり気取った文を作るという条件だ。

  従って、以下の子ども達の文は、現在到達した力を示している。しかし、それだけでなく、今の子ども達のものの見方も伺えるものとなった。うめ組の詩として卒業文集に載せようと思っている

  この文の後に、40名の子ども達の短い漢字の詩が載せられている。

  誌面の都合で、何人かのそれを以下に書いてみよう。作者名は記さずに載せる。

 

     山・私は君を乗り越え上り続けた、道もないところでも上を見上げて汗をぬぐった。

     木・春、夏、秋、冬、ずっと動かないで育ち続ける。

     光・私の心を希望の道へ導いてくれた。希望の道を照らしてくれた。

     鳥・高所恐怖症の私がなれば、たちまち落ちこぼれ。

     山・大きなあなたの中で、小さな生命が生まれ、そして死んで行く。

     泉・勇気と希望を運んでくれる。あなたから涌き出る水と共に。

     月・遠い遠い宇宙から黄色い顔で僕達を見つめている。

     火・私はこれを見ていると暖かくなる。私はいろいろな時に耐えられた。

     花・あなたを見ていると僕の心は落ち着く。あなたを見ると僕はそばから離れるのがいやになる。

     夏・太陽がまぶしいセミの季節。何年間も土の中にいたセミが出て来て鳴く。これからも暑い日が何日も続いて行く
          ように

     夜・宝石をちりばめたような星。それが美しく輝いていられるのはあなたのお陰です。

     春・冬の山から優しい光を浴びて、若葉が芽を吹く。誰もが待っているあなたを。

     空・太陽の動き、月の動き、星の動き、雲の動き、すべてを映し出す。深く青い、それは、人々のあこがれ。

  小学校卒業間際という、この詩が書かれた時期を考えると、なぜ、その漢字を選んだか、それぞれの詩の背景にある子ども達の思いをより読み取ることができよう。

  そこには、子ども達の願いがあり、これからの生き方を自らの思いとして語ろうとする言葉がある。そのときでなければ、書けないであろう表現がある。

  私は、漢字の学習のとき、繰り返し書いて覚えるということよりも、まず、漢字に対する一人一人の思いを大事にしたいと考えて指導してきた。新しい漢字を学ぶとき、子どもは、その漢字に対する様々な思いを生起させている。5・6年生と2年間受け持ったこの学級でも、学習する新しい漢字が出たとき、授業で、積極的にその漢字の感想を語らせた。授業が進むに従い、言葉になりにくい漠然とした思いが少しずつ語られ出した。例えば、「この漢字かっこいい」「この漢字好き」から始まり、「この漢字、私の今の気持ちそのまま」「不思議だな、昔の人も今の私と同じ思いをこの字に込めたのか」と。そうした思いを漢字の学習では大切にしてきた。6年間の最後の国語の授業で、漢字一字をもとに、「短い短い詩」として自分の思いを表現させたいということが、この授業の主旨であった。


  この一字の漢字を使って詩を作るという実践は、当時の勤務校の先輩の様々な実践を見せていただいたり、同学年の先生からの指導もあってのことであったと思う。一人の教師が一つの実践を生み出すというということは、その学校の先生方の様々な実践に支えられてのことである。教師の仕事とはそうしたものであり、そうでなくてはならないのだと思う。

 

  後日談。社会人となって活躍している子に会う機会があった。そのとき、「卒業の時、こんな文を書いたの覚えているかい」と、その子の書いた詩を見せた。「覚えています。あのとき、こんな気持ちがあったんですよ」と、卒業を迎えたあの一瞬の自分の気持ちを語ってくれた。そして、「この思い、今も自分の心のどこかにあると思います。」と。



このページの先頭へ戻る