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第92回「ホリスティック(Holistic)」(2013.3)

教授 小池 守

教授 小池 守

  先日、著名?な教育学の先生の講演(演題:教育と学習)を拝聴しました。講演の中で先生は、「教育とは知識を与えるものであり、ある種の義務的な観念である。学習は自ら主体的に学ぶもので、喜びを生じさせるものである。」という趣旨のお話をされました。先生が意図するところは理解できたつもりですが、教育を地道に研究する末端の研究者の立場からすると、教育に対する考え方が、余りに表面的のように見えました。

  ホリスティック(Holistic)という言葉があります。「全体」とか「関連」、「つながり」、「バランス」という意味で使われていますが、実は的確な訳語が見つからないため、そのまま「ホリスティック」という言葉を使うことが多いようです。意味することは、元来日本人の持つ包括的な考え方に近いようで、ホリスティック教育(Holistic Education)なるものも存在します。

  ホリスティック教育とは、人間が地域や自然界との関わりを持ちながら、思いやりや平穏などの精神的価値観を追い求めることで、自己を見つめ直し、人生の目的や意義を見出していく教育の総称です。平たく言うなら、人間の内に秘められている命への尊厳と、学びに対する喜びを引き出すことを主目的とした教育と言うことになります。

  このホリステック教育を考慮するならば、先ほどお話しした、「教育とは知識を与えるもので、ある種の義務的な観念であり~」の一説は意味を持たなくなります。確かに、かって知識を詰め込むことを目的にした教育の時代もありました。しかし、現在では教育という言葉には、奥の深い意味が含まれています。

  先日、半導体を研究されている研究者とお話しする機会がありました。「先生のなされている研究は、時代の最先端の研究ですね。本当にすごいですね。」とお声がけすると、その先生は、次のように話されました。「幾ら最先端の技術や研究が完成しても、それを生かす人間が育っていないことには、何の役にも立ちません。」、「研究と同時に教育こそ、国家の基礎基本を創るものです。」

  これこそ、いつの世も、最も大切にしていかねばならない、「ホリスティックな考え方」といえるのではないでしょうか。



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