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第134回「門出」(2015.3)

准教授 呂 暁彤

准教授 呂 暁彤

  去る3月17日に本学科2期生の卒業式があり、学生諸君は社会人になりました。その3日後、まだ時々甘えてきて「ママ」と呼んでいる息子の小学校の卒業式があり、4月に中学生になるのです。ゼミ生も我が子も新たな人生の門出となりしました。

  門出を広辞苑では、「旅などのため自分の家を出発すること。比喩的に、新しい生活や仕事をはじめること」という意味の解釈をしています。中国語では「出門」と言います。意味は全く同じです。英語では、「Start in life」と言い、新しい生活がスタートするという意味です。きっと世界中どの親もどこの教師も我が子や学生を送り出す気持ちは一緒でしょう!

  毎回卒業式で学生を送りだす時に、23年前の自分を思い出します。当時、世間知らずの私を鍛えるために、両親は私を日本に送り出す決意をしました。私は嬉しくてワクワクしながら日本に行く飛行機に乗ろうとしたところで、手続きを済ませてから急に怖くなり、泣きながら母を抱きしめて、「行かせないで」と頼みましたが、母は思い切って私の背中を税関の中に押したのです。今でも、当時の場面が昨日のように浮かびます。私の「出門」はつらいものでした。

  しかし、今思えば母には感謝しているのです。母の決意と厳しさがあったからこそ、今の私がいるのです。母から優しさと厳しさを教わりました。後で聞いた話ですが、母は私のことを心配して何日も食事をまともに取れなかったそうです。今になって、毎日1時間弱かかる私立中学校に通学している我が子をみて、母の気持ちを一層理解するようになったのです。中国の諺では「児行千里母担憂、母行万里児不愁」、日本語に訳すと、「子どもが少しだけ家から離れると、母親はすごく心配するのに対して、母親がいくら遠く離れても子どもはそれほど心配していない」という意味です。正にその通りです。

  先日、ずっと心配していたゼミ生達のひとりに駅でばったり会ったとき、昔の私のように抱き付いてきて、ずっと泣いていました。胸が痛かったのです!大学の4年間のうちにもっと外に出すべきではなかったかと反省しました。学生も我が子もいきなり門出ではなく、「出門」の経験をさせるべきだと思うようになったのです。我が子と学生を大事に思うから旅に出し、もっと経験をさせるべきではないかと考えております。



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