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第141回「頭が良いから合格するのではなく 努力したから合格するのです」(2015.7)

教授 小池 守

教授 小池 守

 

教員採用試験の季節になり、学生から不安の声を毎日のように聞く。そんなとき、私はいつでも同じ言葉を繰り返す。「頭が良いから合格するのではなく、努力したから合格する。」

不思議なことに、努力の跡は、本人は分からないが、傍から見るとよく分かる。努力という勲章は、言葉に出さなくても、見せびらかさなくとも、周りの人は感じることができる。そのため、時には嫉妬という、少しやっかいな問題が生じることもある。

   さて、建築家、芸術家、学者、研究者などは、職業人としての総称であり、日本では一般に自己紹介の際に使うことはない。当然、名刺に「研究職」や「研究員」とは記しても、「研究者」とは記さない。教師という言葉も、職業人としての総称であるため、「○○小学校で教員をしております▲▲です。」とは言うが、「○○小学校で教師をしております▲▲です。」とは言わない。つまり、教員採用試験に合格し、学校に勤務した時点で教員にはなるが、まだ教師にはなれない。そこから、様々な経験や努力をすることにより、初めて「教師」になれるのである。そこでは、努力し続けるという真摯な姿勢が重要である。 

   教師を目指す学生には、努力し続けることの大切さを学んで欲しい。誠実に努力し続けるという日々のルーティーンは、決して無駄にはなっていない。挑戦する前から、諦めるのではなく、挑戦して、新しいものをたくさん見付けて欲しいと思う。
努力や挑戦の跡がない、業績もない、そんな人に限って、自らを研究者とか学者と名乗りたがるのは、なぜなのだろう。人間というのは、実に不思議で懲りない生き物である。



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