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第142回「 「うみ」への想い 」(2015.7)

准教授 飯泉 祐美子

准教授 飯泉 祐美子

  「夏」という言葉から連想するもののひとつに「海」が挙げられます。

  今日では、「海」いえばお楽しみスポット、友人、家族などと夏のレジャーで訪れる場所のひとつです。

  波に乗って遊んだり、ビーチで遊んだり・・・、時にはわざわざ「海」じゃなくてもと思うような遊びをしたり・・・。

  今や「海」を訪れる人々の目的が、「海やビーチを利用して、楽しく過ごす」となっています。

 

     うみはひろいな おおきいな つきがのぼるし ひがしずむ

     うみはおおなみ あおいなみ ゆれてどこまで つづくやら

     うみにおふねを うかばせ(し)て いってみたいな よそのくに

 

  この曲は、誰でも一度は口ずさんだことがある、林 柳波 作詞 井上 武士 作曲の「うみ」です。この曲は 戦時下に国民学校「芸能科音楽」の教科書掲載教材楽曲として誕生し、今日では小学校「音楽」の共通教材として教科書に掲載され、世代を問わず広く知られ、歌い継がれています。

 

  この曲の誕生には少し悲しい事情があります。

 

  昭和16年太平洋戦争が勃発すると教科書は国定に統制され、軍国教育を徹底させる目的で、平和、自然などを歌う歌詞は好まれず、尊王、国家礼讃等の歌詞に重きを置くようになり、その意に沿った教材が必要となりました。この曲はそのための新作のひとつだったのです。

  当初は、海国日本の軍国教育を徹底させる教材としてこの曲の制作の企画がされました。しかし、1年生用の教材ということで歌詞に軍艦や水兵など軍事色を見せる歌詞を含めませんでした。もし高学年の教材であったら今とは異なる軍国教育的な歌詞だったかもしれず、想像することさえできません。当時の1年生の教材であったからこそ、この穏やかな夢を馳せるような歌詞が許されたと思われます。

 

  そのおかげで、当時の軍国教育の教材として誕生した新作の殆どが過去のものとなった現在でも、歌い継ぐことができたのです。

  そう考えると、この曲を何としてでも後世に歌い継ぎたいという思いを持ちたくなります。

 

  改めて誕生当初の歌詞の意味を含めて考察すると

  1番は、海の大きさ、無限の広さへの驚き、そして大自然の営みを感じとることが出来ます。戦時中「ひがしずむ」の歌詞が危うかったとの説もあります。

  2番も、無限に続く青い波を描いています。戦時中、人々はどのような想いで海を眺めたのでしょうか。複雑な心境が想像できます。

  3番は、海を越えてよその国へのあこがれを歌っています。外国に夢と希望を感じていたのでしょうか。「いってみたいなよそのくに」の歌詞も危うかったとの説があります。

 

  ところで、作詞者の林 柳波と、作曲者の井上 武士は、群馬県の生まれです。

  「海」のないところで育ったからこそ「海」への想いが募り、この「うみ」誕生となったのでしょうか。

 

  是非一度、「海」に想い馳せてこの歌詞をかみしめながら眺めてみたいですね。

 

 

 

 



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