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第144回「国境がつくるもの」(2015.8)

学長補佐・図書館長・教務部長・教授 永沼 充

学長補佐・図書館長・教務部長・教授 永沼 充

  第二次世界大戦以来といわれる難民移動のニュースが世界中を駆けめぐっている。どこにでも行けることは基本的な自由の一つだと思うが、自ら造った国境という壁がこれを阻んでいる。日本は四方を海に囲まれているので国境について深く考えることはあまりない。尖閣諸島などの問題に対しては国境というよりも中国との対立という観点からとらえている。今回のようにボートに乗った大勢の難民が浜辺に上陸するというようなことも珍しい。しかし、欧州のように地続きで国同士が接していれば、国境に対する考え方も変わってくるであろう。EUの一つの理念を表しているシェンゲン協定は域内の移動の自由を保障した画期的な協定であると思う。

 

  国境については個人的には苦い思い出がある。研修で米国に滞在していたとき、帰国の間際になって土産を買いにメキシコに入った。研修期間とビザの発給期間が若干ずれていたために再入国ができなくなり、領事館でメキシコ移民と同じ列に並んで観光ビザを取り米国に戻った。このときほど国境を越えがたい「壁」と感じたことはない。そして多くの場合、その壁は一方通行である。メキシコ入国は回転扉のバーを押して入るだけであったのに、米国に戻るには査察官の厳しいチェックを受けた。そこには大国と小国、紛争地域と安定な地域、そして人種の違いがある。私たちはこの世に生を受けるときに自ら国を選ぶことはできないにもかかわらず、である。

 

  駅に群がる難民の波とこれを阻止する官憲とのせめぎ合いが世界中に放映されている当のブダペストに来てみて、市内のどこにもその気配がないことに驚いた。駅の近くを通っても人々はごくふつうに何事も起きていないように暮らしている。伝える内容とは別に、ICT技術の発展がもたらした情報の「ワープ現象」にある種の脅威を感じた。

 

  今、欧州の良識が問われているという。ドイツのメルケル首相は理念の政治に基づき欧州が協力して難民の受け入れをすべきと主張している。本能ではなく理念に基づいて行動できることが人間を動物と分けている大きな違いであろう。しかし、今回の旅行の訪問先で会った研究者ははっきりと難民の受け入れに反対していた。我々が苦労して納めた税金でなぜ働こうとしない彼らを養わねばならないのだ、と。考えさせられてしまった。私たちは、学生やその学生が教える子どもたちに、理念に基づく行動の大切さを教えようとする。それは、理想論ではなく現実の課題に向き合っても崩れないロバストなものでなければならない。



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