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第149回「電車の中で」(2015.11)

教授 赤羽根 直樹

教授 赤羽根 直樹

  つくばから秋葉原へ向かう電車の中は、ほぼ満席であった。ある駅で二人の子ども連れの親子が乗った。対面式の座席は、真ん中の通路を挟んで右側に二席と左側に一席の三席が空いていたが、もちろん四人の親子が一緒に座ることはできなかった。

  まず、母親と小学校一年生ぐらいの娘が通路を挟んで右と左に分かれて座った。父親は、娘の前に空いている残りの席に四歳ぐらいの息子を座らせ、自分は立っていることを選択した。すると、「お父さんここに座って」と、男の子は自分の席に父親が座るようにせがんだ。私は予想外の光景にしばし釘付けになった。男の子は父親に言われ、喜んで座るだろうと思ったからである。自分は座らずに、なぜ父親を座らせようとするのだろう。父親を思いやるにはあまりに幼すぎる。よくできた子どもだなあと。一瞬そんなことに思いを巡らせていると、父親はすべてを察したようにそこに座り、息子を膝の上に抱きかかえた。その時の満足そうな男の子の笑顔を見て私の疑問は解けた。男の子は一人で座るより父親に抱っこされて座りたかったのだと。状況が理解できた私は、何とも幸せな気分になった。親子の姿に、家族の温かさや絆が垣間見えてくる。家族をまず座らせ、自分は立っていようとした父親に、家族を守ろうとする気概が伝わってくる。

  それだけではなかった。父と息子の隣の窓側席には、二人の若い女性が対面で座っていた。そのうちの一人が、通路の向こう側に座っている母親の所に行き、「席を替わりましょうか」と声をかけたのだ。母親はお礼を言い、女性の座っていた窓側席に移った。これによって、四人がけの対面座席は、親子に囲まれる形で窓側に座る女性一人が残った。すると、今度はこの女性が、「どうぞ」と言って、父親に抱っこされている男の子に席を譲り、遠くの別の席に移動したのだ。

  こうして、四人の親子は晴れて一緒に座れることになった。しかし、親子は決してこの状況を望んだわけではなかった。ましてや、席を譲った二人の女性にしても、そうする義務も必要もなかったはずである。ただ、家族が一緒に座れるようにとの思いから出た行為であったに違いない。状況からして、そうすることに葛藤があったことも容易に想像がつく。日本人のマナーの低下が言われて久しい。シルバーシートも形骸化している。そうした中で見たこの光景は、日本人の道徳心や家族の絆がまだすてたものではないことを教えてくれたのである。



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