TEIKAジャーナル

第46回「文化の意義」(2011.10)

2011/09/28

 この2ヶ月間何故か「文化」という言葉をよく耳にした。

 JICA(日本独立行政法人国際協力機構)「河北省における自閉症児教育教員養成支援プロジェクト」のプロジェクトマネージャーとして第2期の仕事の中で日本の先生方から「自閉症文化」について受講生に説明をいただいた。また感謝の意を込めて中国側の関係者から何度か宴席に招待され、そこで「中国の酒文化」いう言葉が度々話された。

 日本に戻り、名古屋で「日本自閉症スペクトラム学会」に参加し、発表したときにも「自閉症文化」と名古屋の「嫁入り道具文化」の話をしていた。先週青森で「日本特殊教育学会」に参加したときに、またも「自閉症文化」と東北の「珈琲文化」の話が出た。

 文化とは一体どういうものなのか?私たちが今理解している「文化」の意味はほぼ明治時代に日本に導入されたカルチャー(culture)の意味であろう。「広辞苑」にも「自然に対して、学問・芸術・道徳・宗教など、人間の精神の働きによって作り出され、人間生活を高めてゆく上の新しい価値を生み出してゆくもの」と記述されている。

 私にとっての「文化」とは「自分に対して」、「他人に対して」、「環境に対して」の対応の仕方が「文化」である。「自己」、「他人」、「自然」を尊重することは私にとっての「文化」の意味である。

 「自閉症文化」、「酒文化」、「嫁入り道具文化」、「珈琲文化」はいずれも「人間」と「環境」から離れていない。人間の感情は環境によって変化を表すかもしれないが、最も根本的なものは決して変わらない。誰でも知っているQQの成功はやはり「文化」、すなわち「人間」と「環境」を重視し、人間の本能的な感情を生かし、ネットという環境が整ったからこそ成功したと言われている。

 中国には56の民族がある。それぞれの民族は言語・文字・習慣があって、各自の文化をもっている。理解し合わなければ共生・共存ができないことは誰もが知っている。近年、日中間の様々なトラブルが報じられているが、決して「文化」の違いによる問題ではないと感じている。プロジェクトを実施していた期間中に見聞きした日本の先生方と中国側の協力者・受講生の間の美談からもしみじみとそう感じた。日中の「文化」が違っても、双方の「人間」と、講堂という「環境」をJICAに提供していただき、日中の「文化」を理解する機会を得た。地味ではあるが、これからもこのような日中の「文化」の交流に尽力したいと思っている。

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