TEIKAジャーナル

第58回「私たちは,なぜ実験するのか」(2012.2)

2012/03/01

   科学の世界では,自然界で起こっている出来事を理解するために,ただ見ているだけの人はいない。ところが,学校現場では,「子ども理解は,まずその子をじっくり観察することです。」などと言われることがある注1)。外から見ているだけで,子どもを理解できるなんて,学校の先生には超能力があるのかと思うことがある。大体,外に出てくる情報だけで,内面を理解できるというのは,原発事故で破損した原子炉内部を外部で放射線量だけを測定し,「十分に原子炉内部の状態は把握できています。」と言っているのに等しい。つまり,全く信用できないことである。

   科学者がよく持ち出す話に,ニュートンのリンゴの木の話がある。ニュートンはリンゴが落ちるのを見て,万有引力を思いついたというが,ただリンゴの木を見ていたのだろうかという話だ。ニュートンが科学者(Scientist)なら,リンゴの木を揺さぶったり,リンゴが落ちそうな樹を選んだりと,不自然な状況を実験的に作り出していたに違いない。もっとも,ニュートンが生きていた時代は,まだ科学(Science)という言葉はなく,科学者と言うより哲学者(philosopher)に近い存在であったとすれば,ただ見ていたとしても不思議ではない。

   よく知られている話に,「年輪は,光による成長の違いから,北側が狭く南側が広い。」というものがある。しかし,実際に調べてみると全く異なることは小学生の自由研究でも明らかだ注2)。「カミソリで髭を剃ると濃くなる。」,「朝食を食べない子は,勉強ができない。」,「暗いところで本を読むと目が悪くなる。」というのも同様のようだ。

   「そうであるはず」との憶測や「そうあって欲しい」との願望が,頭の中で影響を及ぼし合い,単純化と一般化の操作を繰り返し,常識という名の非常識を創り上げる。例え,それが間違いであったとしても。これは私たち人間に与えられた一つの特殊能力だろう。しかし,真実(客観的な事実)は一つであり,実験によってのみ確認できることに変わりはない。小学生の自由研究でも解決できるなら,私たち研究者は一刻も早く,その間違いを正すべきである。

 

注1)しかし,実際には,研究者は面接法や質問紙調査法,ビデオやICレコーダーによる録音記録などを頼りに子どもたちの内面を捉えようとし,学校現場では観察以外に,授業記録や学習カードなどを用いたアプローチをしてる。

注2)例えば,長野県佐久市立泉小学校5年臼田岳大:「木の年輪で方角がわかるか,正しいか」,第47回自然科学観察コンクール入賞作品集,2006. 主催/毎日新聞社 自然科学観察研究会 後援/文部科学省 協賛/オリンパス株式会社

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